1967-06-22 第55回国会 衆議院 産業公害対策特別委員会 第11号
私の小僧時代は王子の砲兵工廠で干潮時に飲料水が取れたわけですよ。それがいまは飲料水どころではない、現在柳橋あたりではくさくて魚も住まぬというような現状でございますから、そういうことを申し上げるとなまいきだといっておこられるかもわからぬが、タンカー船ばかりでなくて、すべてが、一市民、一工場に至るまで注意しなければならぬことだ。
私の小僧時代は王子の砲兵工廠で干潮時に飲料水が取れたわけですよ。それがいまは飲料水どころではない、現在柳橋あたりではくさくて魚も住まぬというような現状でございますから、そういうことを申し上げるとなまいきだといっておこられるかもわからぬが、タンカー船ばかりでなくて、すべてが、一市民、一工場に至るまで注意しなければならぬことだ。
私どもの小僧時代には御承知のように紺のせびろで、鉛筆でもこれくらい小さくなるまで使わなければ、庶務課で取りかえてくれなかった。
○森下政一君 そこのところですが、たとえば一人親方というようなだれも使っていない、先刻参考人からもそういうお話があったが、小僧時代から修練を経て特殊な技術を持っておって大工なら大工をやるとか、ブリキ屋ならブリキ屋ができるという者が、たとえば実際問題としてAねらAという人にこういう樋をかけてくれとか、あるいはここのところをこういうふうに改造してもらえぬかということをブリキ屋なり大工が頼まれる、幾らでやってくれるか